Pessimum

 人間関係は壊れる瞬間が一番美しい、というのが小塚沙子の持論である。

 


 彼女がそれを自覚したのは8年前、沙子がまだ小学生だった頃だ。小学生の人間関係は単純なように見えて内情は複雑怪奇であり、クラス単位だけでなくクラス外の人間の繋がりや、登校班等にも関わる近所付き合い、兄弟姉妹関係といった家族ぐるみでの関わり、委員会やクラブ活動、教員との親密度など、関係性を構築する要素は多岐に亘る。そして、そのどれもが“知ろうとすれば知ることができる”範囲に収まっている。

 沙子にとって、それはゲームだった。多くの生徒たちは自分と仲のいい友達、機会があればしゃべる人、存在だけは知ってるけれど謎な人、などと周囲の人間を分類し、仲のいい友達と多くの時間を過ごしていた。それが彼らにとって最も居心地の良い時間を増やす、幸福の最大化を目指すための手段であったのだが、沙子のやり方はそうではなかった。

 クラス全員の人間関係を研究し、どうすれば相手にとっての1番になれるかを考えた。相手の好み、考え方、時間の使い方などを把握し、調略し、掌握した。人と話すのが好きな人に対しては興味のありそうな話題を提供し、相手の考えを肯定し、さらに新たな話題提供ができるように相手の経験にないことを積極的に話に持ち出し、実践させた。1人で本を読むのが好きな人に対しては共通の趣味として読書をし、様々な本について語り、相手の楽しみを自分も理解できているように振る舞った。沙子は特別読書が好きというわけではなかったが、そのような人間関係の構築のためならば時間と手間を惜しまなかった。彼女はそういう人間なのだ。


 彼女と関わった多くの人間にとって、沙子はかけがえのない友達であり、これからもっと沢山の思い出を共に作っていけるものだと思われていた。しかし、その段階に達した時点で沙子の興味はもうその人物には無いのだ。沙子はその経験と知識量から、関係性を新たに構築するだけでなく、いかに波風を立たせずに関係性を無かったことにしていくかにも長けていた。理由をでっち上げて共に過ごす時間を減らしていったり、もしくは意図的に顔を合わせないように立ち回ったり、それでもしつこく追いかけてくる奴に対しては偶然を装って別のと懇意にしているところを見せつけたり。それは最初は新たなゲームに進むための後片付けに過ぎなかったが、沙子がそこにも面白さを見出すのに長い時間はかからなかった。

 


 小塚沙子は中学2年生の頃に転校を経験している。彼女にとってこのイベントは言うなればボーナスステージのようなもので、ここで人間関係をリセットするまでに如何にして校内での人間関係を引っ掻き回せるかに生涯で最大級の心血を注いだ。上級生、下級生に関わらず様々な関係を同時に持ち、さらにそれらが干渉しないように心理を誘導した。多感な時期である彼ら、彼女らにとって、『特別な関係』という響きはあまりに蠱惑的だった。沙子は巧みな言い回しで相手を立て、翻弄し、時には脅し、沙子の思い描く状況を作っていった。無邪気な子供のように、沙子は学校をドミノの城へと変えていった。

 引っ越した先で、沙子は前の学校がどうなったかを知ることはなかった。きっと綺麗に崩れてくれたのだろう、と沙子は夢想する。とはいえ、崩れた破片がぶつかってくるのは御免だ。危険からは距離を置く、というのも沙子が決して短くない人生で得た知見の一つだった。それに、沙子はうまく壊れてくれた人間関係を想像するだけでもう十分に楽しむことができたのだ。準備を念入りに進めたぶん、この想像は決して妄想ではないのだという絶対の自信が沙子にはあり、沙子にはそれが堪らなく嬉しかった。

 


 その後、中学を卒業して高校生活まで沙子は比較的大人しく過ごしていた。先述の件で情熱を燃やし尽くしたのか、もしくは長期間同じ人間と顔を合わせる環境に対して保身に走ったのか、はたまたインターネットという新しいおもちゃを見つけたからなのか。何にせよ、沙子は学校生活において派手な遊びはあまりしなくなり、ほどほどに遊んでほどほどに楽しんでいた。

 

 

 沙子の魂に再び火が燈ったのが、大学生になり、『彼女』と出会った時だ。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 「哲学的ゾンビ」という概念をご存知だろうか。

 彼らには“自我”というものが無いのだという。彼らは人と同じように笑ったり泣いたりするが、その行為の中に彼らの意思は含まれていない。ただ彼らは外部から目や耳を通して得た情報に対して“反応”しているに過ぎない、とのことだ。

 


 何となく自分に似ているな、と柿本彩音は思っていた。

 


 物心ついた頃から、彩音は周囲に合わせて生きてきた。それは決して同じコミュニティを形成している人たちとの対立を恐れていたというわけではなく、純粋に自分の独立した考えを持つことができなかったからだ。なぜ周りの友達は色々なものに対して好きか嫌いかを即答できるのか理解できなかった。初めて見るものに対しては、何の感情も湧かない。周りの人がそれに対して取った反応を見て、自分の取るべき反応を学習する。その積み重ねが感情の獲得になるのだろう、というのが彩音の哲学だった。


 彩音には4つ年上の姉がいた。年の離れた姉は幼い頃から彩音を溺愛し、服や日用品など身の回りのものについて、姉は彩音に自分の好みのものばかりを与えていた。そうして喜ぶ姉の姿を見て、彩音もまた喜んだ。気がつけば彩音の部屋には彩音自身が自分で選んだものなど何一つなく、彩音は姉に対して依存しているような兆候があった。とはいえ学校内で彩音は姉と共に過ごす時間も少なくなっていき、また高校入学と共に寮生活を始めた姉はそれからさらに彩音と会う機会も少なくなっていった。


 彩音の考え方は学校での勉学と相性が良く、授業の内容は科目によらず彩音はすんなりと理解できていた。どのような問題が出てくるのか、それにどのように対処するのか、ということを授業では体系立てて説明していて、その通りにしていれば問題なく正解できる、ということに彩音は居心地の良さを感じていた。ただ、周りの友人たちは勉強を苦手としていることが多く、彩音も自分の勉強に対してのスタンスは彼女たちに合わせていた。文理選択も周りに合わせて文系にしていた。

 周りの友人はよく恋愛について話題に挙げていた。クラスの中で誰と誰が付き合っているとか、誰が誰のことを好きだとか。正直なところ、彩音はその話題について、ひいては恋愛感情についてのことを何一つ理解できてはいなかった。だが、彩音はそれを周囲に打ち明けることはなかった。そんな話題を出さずとも、定型文の組み合わせで十分に会話についていくことができた。そしてそれを愉快とも不愉快とも感じなかった。ただただ周囲に合わせるだけだ。

 

 

 そんな彩音にも、人生を変えたかもしれない出会いはあった。高校2年の夏休み明け、クラスに転校生がやってきた。彼女はいつも寡黙で、休み時間なども積極的に周りと関わろうとはしていなかった。どのコミュニティにも属さない彼女は、やがてクラスから浮いた存在となっていった。そして彼女はそのことを気にも留めていないようだった。そんな彼女のことを、彩音はいつも視界の隅で捉えていた。


 彩音が彼女と話す機会を得たのは、秋の文化祭のシーズンだった。クラスで出展をすることになった彩音たちは準備のための役割分担を決めることになり、偶然の成り行きで転校生の彼女と同じ班となった。初めは必要最低限の会話をするだけの2人だったが、数日をかけて少しずつ距離を縮めていき、その日の準備のタイミングで彩音はなんとなく自分が疑問に思っていることを彼女に問いかけてみた。なぜ周りに合わせようとしないのかを。

 彼女が言うには、人間関係など下らないそうだ。どれだけ表面上仲良くしていても、心の内側なんて誰もわからないし、人間の感情は曖昧で不確かだ。人はお互いのことを理解しあえない。だから、周りに合わせる必要など無いのだと彼女は言った。そんな彼女の発言に対して、彩音はどう応えたらいいのかわからなかった。


 また別のある日。今度は逆に転校生の方から彩音に問いかけがあった。単純明快な問いかけだ。友人と一緒にいることは楽しいか?

 彩音はやはり即答はできなかった。いろんな人の話を聞くことは知見を広げるのに役に立つ、とか、課題や授業内容の変更といった有益な情報を得やすくなる、といった話を聞いて、転校生の彼女は彩音の異常性に少し気が付き始めた。彩音には自己の主観的意識が著しく欠落している。とはいえ、彼女は人間関係のトラウマがあり、彩音に対して一歩を踏み出すことができなかった。これから何か困ったことがあれば頼ってきてもいい、という0.5歩の提案に留まり、彩音もそれを了承した。

 

 時は流れ、文化祭も終わり、クラスは元の様相に戻っていった。彩音も、転校生も、元々の状態に戻った。2人はこの後卒業まで、文化祭準備の時のように会話を交わすことはなかった。

 

 

 

 そこそこ勉強ができた彩音は、無事に入学試験を突破して晴れて大学1年生となった。

 


 彩音はそこで『彼女』と出会った。