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語る資格

 ※この記事は特定の人間に向けたものではなく、自らの思考をまとめただけのものであり、かといって自己を反省したり肯定したりといった内容を一切含まないことを先に明記しておく。

 

 僕は漫画をよく読んでいる人間だと思う。漫画だけではない。世にいる一般人を平均したとき人よりも多く漫画を読んでいるしアニメを見ているしバイクに乗っているし登山をしている、と思う。

 このブログはそんな自分の行動の記録であり、思考を垂れ流す場であった。いや最近はちょっとサボってたけど。

 でも思うのだ。自分にはその資格があるのか?

 

 

 人間関係を表す言葉のひとつにマウンティングというものがある。この分野について、私の方が上ですよ~というのを暗に示すというやつだ。自慢話と同じように、一般に嫌われる話の仕方である[要出典]。ググってみると女性同士の話によく出てるらしいのだが、実際みんな無意識にしてるだろう。自慢かどうかなんて受け取り手によるのだから。

 

 

「この店のラーメンおいしかった。」

「あの店もおいしかったよ。今度行ってみるといいよ。」

 

これが優しい情報提供か、知識自慢のマウンティングかは受け取る人間の問題だ。もちろん

「あの程度の店でうまいとか言ってんの?」

とか

「あの店のラーメンを食べずにラーメンを語るな」

とかは言い過ぎだ。でも世の中には一切の悪意なくこういう言い方をする人もいるし、自分も自覚なくこういう言い方をすることがあるのだ。

 

 

 共通の話題のある人と話すのは楽しい。自分の感覚を共有できるし、新たな知識を得ることができる。だが相手も同じように楽しんでいるのかはわからない。自分が話していて楽しいと、たまに自分の話に歯止めが利かなくなる。あれ?もしかしてこういう人って少数派なの?ただの自分のコミュ障を全人類に押しつけてるだけ……?えぇ……

 

 ちょっと自己嫌悪に陥ったが話を戻すと、布教って難しいよねという話をしたかった。相手が知らないことに対して興味を持たせること。それは結局自己満足なんだ。もちろん悪いことじゃないけど。

 

 自分がマウンティングを無意識にしてしまうというだけではなく、マウンティングされてしまうことも問題になる。単に相手の自慢話を聞かされるだけならいいのだ。問題は「こんなこともしてない自分って最悪じゃない?」となってしまうこと。

 

 世の中自分がした方がいいことはたくさんある。漫画だって全巻揃えて読んでから感想を書いた方がいいに決まってるし、同じ作者の他の漫画を読んで比べてみたほうがいい。なんなら自分も漫画を書いてみて、この表現や言い回しは自分の発想になかったと糧にしてもよい。いろんな事ができるし、その方が価値のある感想が書ける。でもしたくてもできないこともあるし、理由を決めてやらないという決定にも価値はあると思う。そんな時、自分が諦めたそれがマウントになってしまう。その時に感じるのが自己嫌悪だ。

 

 自己嫌悪は人を変えることもあるし、変えないこともある。いい方向にいくこともあるし、その逆もある。だからここでは自己嫌悪しない方がいいとか、した方がいいとか、そういうことは書かない。強い信念も時には邪魔になることがある。最初から完璧な人なんていないのだ。指導と洗脳を履き違えてはいけない。

 

 

 うわー真面目な話してしまった!違うんだ!やめてくれ!なんなんだチクショウ!飽きた!!!