Lamellar Tear

 レザの生まれた町の近くには“ダンジョン”と呼ばれる謎の建造物があった。夜な夜なダンジョンから魔物が現れ、人々や家畜を襲い、農作物を荒らして回った。町の人々は魔物の脅威に晒されていたが、ただ魔物たちにされるがままの生活を送っていたわけではなかった。体を鍛え、武器を持ち魔物に立ち向かう者もいれば、魔法の技を磨き戦う者もいた。魔物との戦いの日々を経て、町の人々は魔物から身を守るための、戦う力を持つ者を集めた自治組織を生み出した。“自警団”である。
 レザの両親も自警団の人間であった。母親から魔法の才を色濃く受け継いだレザは、幼い頃から周りの子供たちより強い力を行使することができ、成人を迎える頃には自警団の若きホープとして町の期待を集めていた。町の大人の中には「もっと大きな街に出てきちんとした魔法を学んだほうがいい」といった意見を出す者もいたが、彼女は聞く耳を持たなかった。もちろんこの街を守りたいという想いもレザにはあり、人々はレザの故郷愛を嬉しく思っていたが、彼女が町を出なかった理由はもっと別のところにあった。


「いらっしゃいませ……あっ、レザちゃん! 今日もお疲れ様!」
「ありがとうフラム。いつものお願いできる?」
「もちろん! ちょっと待っててね!」

 自警団の活動を終えたレザの行く先は決まっている。町の中の小さな食堂で、甘いお菓子をつまみながら友人と日々の出来事を語り合うのだ。フラムはこの店の看板娘でレザの幼馴染だ。レザとは違って魔物と戦う力を持たないフラムは、実家の食堂を手伝いながらこうしてレザの話し相手になっていた。

「自警団の地力も年々上がってきててね……ダンジョンの内部構造もちょっとずつわかってきてるの」
「そうなんだ! ねね、伝説のお宝は見つかりそうなの?」
「ダンジョンの奥にお宝が眠ってるってやつね。あんなの信じてるのフラムくらいよ? ……でも、遠くの町の別のダンジョンからは魔力を帯びたアイテムが見つかったりしてるらしいわ……このクッキー美味しいわね」
「でしょ! ちょっと苦目にしてみたの。甘いお茶に合うでしょ?」

 フラムと語り合うこの時間はレザにとって憩いの時間であるとともに、建設的な情報共有の機会でもあった。フラムはレザから聞いた情報を店で提供することで冒険者や別の町の自警団といった客層を集めていき、その客から聞き入れた情報をレザに流して自警団の活動に役立てていた。この日もフラムはレザへのとっておきの情報を用意していた。

「聞いた話なんだけどね、王都のほうで勇者召喚の実験やってたって話あったでしょ? あれね、なんとついに成功したらしいの! 変な人らしいんだけど、とっても強くて、いろんな場所のダンジョンに潜って回ってるんだって!」
「へぇ、初耳ね。うちの自警団だって最近になってようやくダンジョン内に踏み込めるようになったっていうのに、それが本当ならその勇者ってとんでもなく強いってことになるわね」
「うんうん! ひょっとしたらこの町にも来てくれるかも! もしそうなったらさ、」
「ダンジョンが踏破されて魔物が出てこなくなる?」
「そうしたらレザちゃんも危険な目に遭わなくなるわけだし、私はそのほうが嬉しいなぁ」
「そっか……」

 レザの心境は複雑だった。確かにフラムの言うことには一理ある。だが、このダンジョンが無くなってしまったら自警団は、この町は、自分は一体どうなってしまうのか。得体の知れない不安がレザを襲っていた。

 次の日から、レザはより多くの時間を鍛錬に使うようになった。フラムの言っていた勇者の話が本当なら、きっとこの町のダンジョンも無くなってしまうのだろう。レザが一晩考えて出した結論は、いっそのこと自分がこのダンジョンを終わらせてやる、といったものだった。もちろんフラムは日に日に窶れていくレザのことを不安に思っていた。だがそれはレザが抱える不安とは比べようのないものであった。


 ある日のダンジョンからの帰り道、レザは怪しげな2人組とすれ違った。片方は見たこともない素材でできた服を着用し、見るからに上等な剣を携えていた。もう片方は神職の女性だ。服装や装飾品を見るからに、王都のほうから来たのだろうということは簡単に分かった。レザはこれまで出会ったどんな魔物よりも2人のことを恐れた。彼らは特にレザのことを気にするでもなく、わあわあと小競り合いをしながらダンジョンのほうに向かっていった。もうすぐ日が暮れるという時間帯で、なおかつ彼らが軽装だったこともあり、彼らは今からダンジョンを潜るわけではないのだろうとレザは考え、フラムの店に寄らずすぐに帰宅し、その夜誰にも告げずに一人でダンジョンに向かっていった。


 フラムがレザの無謀を知ったのは翌日、ダンジョン内で満身創痍で倒れていたレザを勇者たちが保護して町に連れ帰った時だった。


 当然のことながら、自警団のメンバーは口々にレザのことを問い詰めた。なぜわざわざ夜にダンジョンに向かったのか。どうして誰一人として相談をしなかったのか。レザはそれらの質問には黙秘を貫いた。彼女のプライドはもうどうしようもなく砕け散っていたのだ。しかし、まだその誇りの欠片は彼女の手に握られていた。

 自警団のメンバーが彼女のもとから離れ、レザが一人になったタイミングを見計らって、フラムはこっそりと部屋に忍び込んだ。レザはまだベッドの中で塞ぎ込んでいるようだったが、フラムの来訪には気がついたようだった。

「レザちゃん……ごめんね、気づいてあげられなくて……レザちゃんは勇者さんたちがダンジョンを踏破しちゃうことが、怖かったんだよね? 私は自警団じゃないし、戦ったこともないから、ちゃんとはわかってないんだけど……レザちゃんにとってダンジョンはただの魔物を生み出す危険な存在ってわけじゃなかったんだよね?」
「……」
「……お菓子、食べよっか? お茶も持ってきたよ? いらない?」
「……………………いる」

 いつものお店のようにはいかないが、久しぶりに2人の茶会が開かれた。ベッドから出てきたレザの体に残る生々しい傷の数々にフラムは驚いたが、お菓子を食べ始めたレザの憑き物の落ちたような雰囲気にフラムは安心した。ハーブの香りがレザを癒していくようだった。ダンジョンや勇者の話に限らず、2人はいろいろな話をした。こんな時間がずっと続けばいいと、フラムは考えていた。

「そういえばさ、初めてダンジョンの深くまで潜ったんだけどね、中でこんなの見つけちゃったの。フラムに見てほしくて」
「わ、何これ? 手鏡……なのかな? 不思議なデザイン……」
「フラムの欲しがってたお宝ってわけじゃないけどね。よかったらあげるわ。ちょっと不気味かもしれないけど」
「そんなことないよ! わたしレザちゃんから貰ったものだったらなんでも嬉しいもん! 昔レザちゃんが作ってくれたオリジナルのコップだってわたしずっと大事に持ってるんだよ? 水漏れするしやけにギザギザだけど」
「え、あの不良品まだ持ってたの……新しいの買ってあげるから捨てなよそんなの、恥ずかしいよ……」


 レザの傷が癒えるまで、フラムは毎日レザのもとに通い詰めた。レザが怪我でほとんど動けなくなっている間に、勇者たちはダンジョンに潜り、最奥部までたどり着いていた。レザやその他の自警団メンバーは知らないことであったが、ダンジョンの核は一際強い魔物が守っており、核を破壊することでダンジョンは活動を停止するのだ。レザがすっかり元気になるころには、その魔物も勇者によって倒され、ダンジョンは死んでしまっていた。
 自警団は規模を縮小して町の自治組織としての側面を残していたが、多くのメンバーは別の職を見つけて町で生活するか冒険者となって各地の魔物と戦うかの選択を迫られていた。フラムはレザがどういう選択をするのかを不安に思っていた。そして、その不安は現実のものとなる。


「フラム、今までありがとうね。私、町を出ることにしようと思ってるの」


 もしかしたらこうなるかもしれない、とフラムは恐れていた。戦い以外に自分のすべきことがわからない、とか、私はまだ強くなれる気がする、とか、フラムのためにお宝を持って帰ってあげる、とか。フラムがこうなってしまったら嫌だ、と思っていた筋書きの通りの言葉をレザは並べていった。私の望んでいた未来はこうじゃない、と心の中で嘆きながら、フラムは言葉を繋いでいった。町を出るなら一緒に着いていく。戦いはできないけど、いろいろなところでサポートができると思う。レザが傷だらけで発見されたときは本当に怖かったし心配した。また突然レザがいなくなって、わたしのいないところで死んじゃったりしたら絶対に嫌だ。フラムは思いつく限りの理由を並べてレザを引き留めた。だが、そんなことでレザの決心が揺るがないこと、レザはきっとフラムを連れて行ってはくれないこと、それは誰よりもフラム本人が一番わかっていた。レザは不器用で、頑固で、でも決めたことを絶対に成し遂げる強さがある。フラムはレザのそういうところが好きだった。レザは結局フラムの考えた通り、フラムの想い通りにはならなかった。

 だが、実は、フラムの心の中でのレザに対する想いや葛藤に耳を傾ける者がいた。


 一般に魔物と言われるものは、実は大きく2種類に分けることができる。もともとこの世界に存在していた物質や生物が、濃い魔力に長期間晒されたり、または別の魔物の影響によって変質したもの。これは後に下級魔物と分類される。そして、上級魔物というのが、この世の裏側、根本的にこの世界とは違う世界を生きる“本物”の魔物である。上級魔物は数が少なく、また理を異とするこの世界には基本的には干渉する手段を持たない。辛うじて存在を留められるのがダンジョンの深部であり、ダンジョンはそうした上級魔物の住処なのだ。彼らはそこで下級魔物を生み出しながら生き、いつか地上に出られる日を待ち望んでいた。
 上級魔物は人間が持つ特殊な魔力について研究を進めており、それが“感情”や“記憶”、“言葉”と密接な関係があることに気がついていた。上級魔物の中には自ら人間の言葉や感情を模倣し、その力を得られないか模索している者もいた。彼は魔界から人間界へコンタクトを取るために、手鏡のような魔具を使用していた。

 その夜、レザは強大な魔力の存在を感知した。レザのように強い魔力を持つ人間は、他の魔力の動きも機敏に捉えることができた。その発生源がフラムの家であることを、レザは感覚で理解できても頭では全く理解できなかった。とにかく大急ぎでフラムの食堂に向かい、扉を破壊し、部屋に押し入った。

 そこにははもう、フラムはいなかった。正確には、そこにいたのはもはやフラムではない存在だった。
 闇を体現するような漆黒の影は周囲に強大な魔力を発し続けている。レザは警戒を強めながら、必死に呼びかけた。

「フラム!? フラムなの!?」
「……」

 返事はないが、反応はあった。これがただの魔物ならレザの存在に気付くや否やすぐに攻撃を仕掛けてくるだろう。そうしないところを見るに、レザは再び声を投げた。

「フラムなの!? 返事をして!! 一体何が起こってるの!? ……!?」

 やはり返事はないが、レザは目の前の存在からフラムを感じ取った。フラムの声、想いが朧気にレザに伝わってくる。その感情は決して負のものではなく、むしろ深い愛情や憧憬のようなものであった。レザは戸惑いながら、一歩、また一歩と歩みを寄せた。そして、2人の距離はついには0となった。


 フラムが悪魔との取引のために捨てた代償は大きかった。現在彼女の存在は、レザの心臓に繋ぎ止められている。フラムはレザの魔力の循環を直に感じるとともに、その鼓動の強さを自らの力に変えているのだ。フラムはレザの一番近くで共に戦うことが叶った。

 勇者たちは次々にダンジョンを踏破しているそうだが、どうやらダンジョンの奥から魔界に乗り込み、魔王と呼ばれる存在を倒そうとしているらしい。レザは勇者に恨みがあるわけではないが、勇者より先に魔王を倒してやることを考え、その日を待ち望みながら様々なダンジョンへと向かっていった。

 今のレザなら、きっと無敵だ。

Efflorescence

 スプレーを壁に吹き付け、ブラシで擦り、水で洗い流す。白く変色していたレンガ調の壁はすっかり元の鮮やかさを取り戻した。大がかりな手押し車に掃除用具を戻し、次の場所へ移動する。寒空の下、白木はいつも通りの決まったルーチンで公園内を移動する。定期的な公園内施設の清掃、それが白木のお仕事だ。

 いつものルートで掃除を進めていく白木。遊歩道を進んで噴水広場まで移動したとき、広場の一角の塀にスプレー缶で落書きをしている少女を発見してしまった。この寒い中薄着で楽しそうに絵を描いているなぁと半ば感心しながら、白木は会社支給の携帯電話をポケットから取り出した。

「もしもし管理課ですか? 清掃の白木です。噴水広場付近で、落書きの現行犯です」

 一息で現状を端的に伝える白木は普段であれば優秀だと褒められたであろう。しかし、今回白木のもとに返ってきた返事は笑い声であった。なぜ笑われているのかわからず白木はムッとしたが、しばらくすると相手も落ち着いたのか、きちんと説明を始めてくれた。

「ごめんね白木さん、伝えてなかったっけ? その人たぶんストリートアーティストのハナさんだよ。公園のイベントの一環で絵を描いてもらってるの。そっかー、落書きかぁ……」
「……すみません、知らなくて」
「いいのいいの、こっちも伝えてなかったし。そうだ、白木さんたぶん年同じくらいでしょ? ちょっと挨拶してきたらどうかな?」
「はぁ、そうなんですか。わかりました。それでは」

 電話を切り、少女のほうをもう一度見る。確かに公園側から許可をもらっていなければ白昼堂々とあんなことはできないだろう、と白木は考え直した。また、事務所の人は彼女が白木と年が近いと話していたが、見た感じ彼女は白木よりもっと年が下なんじゃないかと考えていた。小柄なのもあるかもしれないが、彼女はまだ高校生といわれても違和感のない見た目をしていた。
 しばらく彼女の様子をぼんやりと見ていた白木は、彼女の絵が徐々に完成に近づいていくことに新鮮な驚きを感じていた。最初は無秩序に色をばら撒いていただけのように見えたが、きっと彼女には最初から完成形がイメージできていたのだろうと白木は考えていた。今まで芸術にほとんど触れてこなかった白木は、少女のペインティングに引き込まれていった。

 ハナが白木の存在に気が付いたのは、絵の創作がひと段落ついて、小休止を挟もうとした時だった。明らかに公園の清掃員然としたその見た目に一瞬どきりとしたが、今回は自分は公式に公園から依頼をされて創作をしているということを思い出して自分を律した。今回は勝手に自分の絵を消されてしまうということはないはずだ。軽く会釈をすると、向こうも会釈をしながら近づいてきた。手押し車が妙な存在感を放っていた。

「初めまして。この公園の清掃員をしている白木と申します」
「あっ、はじめまして。ストリートアーティストのハナといいます。あっ、名刺をお渡ししますね」
「ではこちらも。ご丁寧にありがとうございます」

 ハナは職業柄こういったビジネスマナーからは縁遠い生活をしていたが、彼女の師匠からは名刺くらい作っておけ、コネクションを大切にしろというありがたいお言葉を受け取っていたのでたどたどしくも名刺交換を完遂した。ちなみに白木はハナの名刺に書かれた謎の絵を訝しげに確認していた。

「ストリートアーティストというんですね。こういう壁に絵を描くのって私初めて見て。しばらく見入ってしまいました」
「それはありがとうございます。こういうアートのことをグラフィティって言ったりするんですけど、あんまり知名度がなくて……これを機に興味を持っていただけたら嬉しいです」

 白木はハナのことを最初は子供っぽい人だと思っていたが、話してみるとかなりしっかりした考えを持っていることがわかった。生まれは離島で本土の街での一人暮らしは初めてなことや、この仕事を取るまでの苦労話、グラフィティのあるあるなんてのも話してくれた。白木も父子家庭で実家は自動車工場をやっていること、この清掃業にあまりやりがいを感じていないということも話してしまった。歩んできた人生は全く違うのに、二人は不思議と馬が合っていた。

「あっ、そういえばもうこんな時間! すいません、私まだ掃除しないといけないところがあるのをすっかり忘れていました……」
「あっ、じゃあご一緒してもいいですか? 私の絵を描くところを白木さんはずっと見てたんですから、白木さんのお仕事してるところも見てみたいです」
「いいですけど……いいんですか? そんなに面白いものでもないですけど……」
「いいんですよ! アーティストたるもの、何からインスピレーションがもらえるのかわからないので、これも立派なお仕事です! それに、単純に白木さんに興味があるので」

 どういう意味だろう、とぼんやり思いながら白木はハナを自分の仕事に随行させた。予備のマスクをハナに渡して、洗剤の散布や高圧洗浄機による壁の清掃、広い階段の掃き掃除などをいつものルーチンに従って行った。普段だと時間がかかる業務もハナが手伝ってくれたおかげで早く進んだ。

 小さいトンネルを移動中、二人はコンクリートの壁面に白いシミが広がっているのに気が付いた。ここは掃除しないのかとハナに聞かれたが、白木は問題ないと返した。この場所は清掃マニュアルで特に清掃の指示がされていない場所だからだ。

「それにしてもなんなんですかね、このシミ。鳩とかのフンにしては場所がおかしいし、大きすぎる気がします」
「これはエフロっていうんですよ。正式名称は忘れちゃいましたけど、コンクリートからは何もしなくても勝手に出てくるんです」
「へー、知らなかったです。対策とかはあるんですか?」
「そういうのは聞いたことないですね。放置してても勝手に消えていくらしいので。掃除するってなったら酸性の洗剤、私の場合はクエン酸で落とすんです。でもコンクリートに酸性洗剤って実はあんまり良くなくて、それで昔先輩に怒られたりしちゃいました」
「やっぱり清掃業も奥が深いですね。私あんまり洗剤の何性とか気にしたことなかったです」
「あっ、あれは気を付けてくださいね。酸性洗剤と塩素系洗剤の……」
「そのくらいは知ってます!」


 ◇


 その後もハナはたびたび公園に現れ、様々なところに作品を残していった。白木はハナの姿を見られる日もあれば、そうでない日もあった。いつしか彼女のいつものスケジュールにハナを探す、彼女の作品を見るという時間が組み込まれていった。ハナの作品作りの気まぐれさには驚いたが、白木にとってはそれも自分にないハナの魅力の一つであった。その気まぐれさは彼女の作品にも表れているようで、制作途中の絵が数日後には全く異なる雰囲気になっていることも多々あり、そのことにも白木はよく驚かされた。

 白木がハナと出会ってから1か月が経過し、冬の寒さも和らいできた頃。白木はハナの姿を公園でパタリと見かけなくなった。上司にそれとなく聞いてみたら、「そろそろ契約期間が切れたんじゃない?」という何とも投げやりな返事が返ってきた。きっと彼女はあまりハナの絵に興味は無かったのだろう、と白木は考えた。そんなものか、と白木は何も言わずに消え去ったハナに対してしぶしぶ納得をした。しかし、白木の『いつも通り』からハナを探す時間はなかなか消えてはくれなかった。

 数日後の土曜日。久しぶりに父親から連絡があり、実家の工場に来るように言われた。白木は実家の近くに住んではいたが、なかなか帰ることは少なかった。そもそも父親から連絡が来ること自体が珍しく、何事か、と返したらお友達が待っているよ、と返ってきた。

 大急ぎで実家に戻ると、工場の前でハナが待っていた。ハナの自由奔放さはある程度把握していたが、まさかここまでとは思わなかった白木は掛ける言葉を失っていた。そんな様子をハナは気にも留めずに、白木を工場内に案内した。

「私、そろそろこの街を出ることにしたんです。あの公園でのお仕事も終わりましたし、別の街にはきっと別の仕事もありますから」
「まだ次のお仕事決まってないんですね。……ところで、この住所は、どうして」
「だって白木っていう自動車整備工場ってここにしかないんですもん。てっきりここが白木さんのお家だと思ってました。でもお父様もいい人で、サプライズのために工場の一角を使いたいって言ったら快諾してくれましたよ」

 白木の父親は連絡を寄越してすぐに出かけてしまったらしい。仕事なのかパチンコなのかは白木にとってはどうでもいいことだった。

「すいません、黙っていなくなったりして。でもどうしても白木さんをびっくりさせたくて。これが私のこの街での最後の作品です」

 ハナが案内してくれた先のコンクリート塀には壁画が描かれていた。しかし、その絵は白木にとっては違和感しかなった。その絵は、白木の予想したハナの奔放さとはかけ離れたものであった。

「どうですか? スプレーでも工夫すればこういうきれいな直線や図形を描けるんです。構図を練るのにも苦労しましたし、ここまで地道な制作は初めてでしたけど、ちゃんと私なりに白木さんをイメージして描いたつもりです」
「私を、イメージして……」

 主に直線で構成された連続する幾何学模様。いくらかランダムパターンになっているところがあるが、基本的に繰り返しになっている部分が多い。色使いもハナ特有の鮮やかさ、自由さはなく、選び抜かれた数色だけを使いまわして描かれていた。確かにこの単調さ、面白みの無さは自分らしいのかもしれないと白木は半ば呆れながら納得した。だが。

「……ハナさんは、これが描きたかったんですか」
「はい。もちろんです。白木さんからは私の持ってないものをたくさん貰いましたから」
「持ってないもの……?」

 ハナの返答は白木の予想とは異なるものだった。ハナは自分が描いた絵から目を離さず、ゆっくりと話し始めた。

「私って、見ての通り結構気分屋なんです。その日の気分で描く絵を変えたり、そもそも描かなかったり。今回のはお仕事なので頑張って終わらせましたけど、日頃からそういうのが多くて、直していかなきゃなって思っていたんです」
「そんな時に白木さんと出会って、お仕事を見せていただいて。私、白木さんを尊敬しています。いつも決まった時間に私の絵を見に来てくれていること、知っていましたよ。とっても嬉しかったです」
「この絵はそんな白木さんの私にとってのイメージなんです。前に何からインスピレーションがもらえるのかわからないって話したのを覚えてますか? 白木さんのお仕事からインスピレーションがもらえるかと思ってたんですけど、白木さん自身から貰っちゃいました」

 自分の絵を見ながら嬉しそうに話すハナ。白木はそんなハナの胸の内を聞いて、気持ちの整理がつかないまま言葉を漏らしていった。

「ハナさん、私、ハナさんの自由さが好きでした。ハナさんの行動や作品作りは予想ができなくて、それをいつも楽しみにしていました。ハナさんは、そのままでいいんです」

 きっとこんなことを言ってもハナを困らせるだけだろう、ということは白木にも予想がついた。しかし、零れ落ちた言葉を堰き止めることはもう白木にはできなかった。

「ハナさん、ダメですよ。こんな絵を描いちゃ。こんな私を見ていてはダメです。公園にあったみたいな、自由で楽しい絵を描いてくださいよ。私のために絵を描いてもらったことは嬉しいです。でもそれなら私らしさじゃなく、ハナさんらしさのある絵を描いてほしかった。こんなこと言っちゃダメだってわかってます。でも……」

 そこまで言ってようやく、白木は口を噤んだ。今の発言は確かに自分の本心だ。だけど、ハナに聞かせていいものではなかっただろう。白木はすぐにこの場から立ち去りたくなったが、それより先にハナは白木の手を掴んでいた。その手は柔らかく、暖かかった。

「大丈夫ですよ。これは間違いなく私の絵です。これを描くのは大変でしたけど、公園の絵以上に楽しかったです。なんたって白木さんの絵なんですから。
 確かに白木さんからインスピレーションをいただきました。だけど、根っこの私の部分はきっと変わっていません。私はこれからもずっと私の絵を描いていくので、安心してください。この絵だっていつかきっと、白木さんに好きになってもらえるはずです。なんたって私の絵なんですから」

 気がつくと、白木は涙を流していた。拭おうと思ったがハナがしっかり手を握っていたのでそれは叶わず、白木はただ俯くしかなかった。そのあとは二、三言の挨拶を交わして、白木は立ち去るハナを見送った。


 白木がハナと別れてから1年が過ぎた。ハナの生活は前から大きくは変わらなかったが、一つだけ彼女のルーチンに変化があった。定期的に実家に帰り、ハナの残していった絵を見ることだ。彼女の最後の言葉の示すものが、白木にはまだ掴めなかったからだ。
 ある日白木がいつも通り絵を見ていると、絵の表面に不自然に白い色が染みだしているのが見えた。それは一見すると単なる汚れとしか捉えられないものだったが、見方によっては白い花のようにも見えた。
 白木はハナから貰った名刺を取り出すと、初めてその番号に電話をかけた。冬の寒い日の出来事だった。

ローカル漫画ばんざい

 

 いやビックリするくらいあわドルぐらしが面白い。ビックリしてる。ビックリしてます。

 徳島県って知ってますか? 徳島県を中心とした四国やその周辺の県がお互いの傷口に塩を塗り合うほのぼのローカルアイドル4コマです。最高。

 大半が自虐ネタなんですけど、自虐ネタの使い方が上手すぎる。心を弄ばれます。弄ばれました。徳島県はけっこう○○1位っていうのが多いっぽいです(主に不名誉な観点で)。

 もちろんローカル自虐が面白いんですが、それだけではありません。この漫画は本当にキャラクターが魅力的すぎる。メインの徳島3人組は一番ヤバそうな人が実はかなりマトモなほうで、あんまり書くとネタバレになっちゃうんですが、「この人はマトモっぽい」って人が実は狂人だったことが明らかになるとめちゃくちゃ嬉しくなっちゃうんですよね。わかります。勉強になります。

 せっかくなのでローカル漫画をもう一本。 https://www.comic-earthstar.jp/sp/detail/taisen/ 読んでください。ぶっちゃけ最初はあんまり興味がありませんでした。僕はヤマノススメに魂を捧げているのでアーススターのTwitterアカウントを泣く泣くフォローしていて、それで知りました。

 各都道府県の擬人化が能力バトルをして、鳥取が日本の首都になるまでのお話です。北海道が独立したり三重がスパイになったりします。徳島はオタクでした(兵庫と大阪の関係性に悶えていた)。

 最初はよくある擬人化ものだと思っていたんですよ。でも最近特にお話が加速度的に面白くなっていっています。最新話では高知vs東京・神奈川ペアの戦いに突入しています。(負けるんだろうな)でも高知といえば幕末に大活躍した土佐潘なわけで、熱いんですよね。鳥取vs広島も熱かった。広島はもちろん県の名産がたくさんあって強いんですけど、その根底にね、やっぱり大戦の傷痕があるんですよ。基本ギャグ的な描写が多い漫画ですけどこういうところはしっかり真剣に締めていて、鳥肌が立つくらいカッコよかったです。あと福岡×佐賀が好き。我らが兵庫も県の纏まりの無さを逆に活かした能力を持ってて、明石の子午線で時間止めたりしてました。

 作者の人がかなり頑張っていて、ローカルな漫画だからこそローカルに売ろう! という取り組みもしていて正直好きです。アーススターのくせに……

 

 あわドルぐらしの話がしたかっただけなのに妙な長文になってしまった。